看護師から医療DXエンジニアへ。人工呼吸器の患者さんが教えてくれた「未来」の作り方

「あ・か・さ・た・な……」

難病専門病棟で、人工呼吸器を装着するかどうかの選択を迫られていた患者さんが、私の前で一文字ずつ指し示した言葉がありました。話すこともままならない中、その方が命を削って伝えてくれたのは、自身の病気に対する切実な願いでした。

「イ・キ・テ・イ・ル・ア・イ・ダ・ニ……ナ・オ・ル・ク・ス・リ・ガ……デ・ル・ナ・ラ・バ……」

「もし、私が生きている間にこの病気を治す薬が発明されるのなら。その未来を見られるのなら、人工呼吸器をつけてでも生きてみたい。」

その一文字一文字が、私の胸に深く突き刺さりました。医療者としてケアを尽くしても、その「未来」そのものを作り出すことまではできなかったからです。

治験コーディネーターへの挑戦と、挫折の先にあるもの

あの言葉を胸に、私は治験コーディネーター(CRC)への道を選びました。「新しい薬」が開発されれば、あの患者さんのような未来を救えるかもしれない。看護師としての現場経験を活かして、医療の発展に貢献したいと強く願っていました。

研修期間は充実していました。探究心が満たされる毎日は楽しかった。しかし、プロトコルという名の「厳格なルール」と「失敗の許されない重圧」が、少しずつ私を蝕んでいきました。気づけば食事が喉を通らなくなり、体重は8キロ減り、起立性低血圧で起き上がることもままならない状態に。体が物理的に「限界」を告げていたのです。

その後、うつ病という診断を受け、休職と復職を繰り返す中で、さらなる転換期が訪れました。「うつ病」と診断された人の約4割は「双極症」であるというデータを知り、診断が変更されました。平均して10年かかると言われる診断変更に4年で辿り着けたことは、エンジニアで言えば「原因不明のエラーに対し、特定のライブラリのバグを特定できた」ような安堵感がありました。

「福祉×IT」で見つけた新しい道

私は自分自身の脳の仕様を理解し、無理なく動けるアーキテクチャを築くために、「福祉×IT」を掲げる就労支援事業所に通い始めました。その場所は、私にとって単なる作業場ではなく、成長のための「開発環境」でした。

データ入力業務の中で改善案を提案し、独学で学んだHTML・CSS・JavaScriptの技術をアピールし続けた結果、最後の3ヶ月はプログラミング業務を任されるまでになりました。現場の課題を技術で解決する。その成功体験こそが、私を障害者雇用枠でのIT企業入社へと導いてくれました。

ステップアップ、そして未来へ

事業所での勤務は週5日、1日4時間からスタートしました。まずは安定して通うこと、そして業務のリズムを刻むことを大切にしました。その後、自身の心身の管理にも自信がついたタイミングで、現在は障害者雇用枠でのIT企業オフィスアシスタントとして、1日6時間勤務へとステップアップを果たしています。

この「4時間から6時間へ」という小さな積み重ねは、私にとって決して小さな数字ではありません。自分の脳と身体の「稼働限界」を把握し、無理なく、かつ着実にパフォーマンスを上げるためのプロトコルを更新し続けてきた証です。このステップアップこそが、医療DXエンジニアとして現場を支えるための、私自身の「運用実験」でもあります。

今、私は週5日の勤務を安定して続け、確かなロードマップに沿って一歩ずつ進んでいます。かつては絶望の淵にいた私ですが、今は現場の痛みを技術で可視化し、誰もが無理なくケアに集中できる仕組みを作りたいと強く願っています。

これは、看護師としての経験と、心身のデバッグを経て手に入れた、私なりの「医療の未来」を作るための挑戦記です。

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