双極性障害】うつ病の誤診から始まった挫折。B型・A型を経て「障害者雇用」をつかむまでのリアルな復帰ロードマップ

焦って撃沈した「あの頃」の私へ

「早く社会復帰しなきゃ」

「いつまでも無職でいるわけにはいかない」

双極性障害で働けなくなっているとき、頭の中を占めるのはこんな焦りばかりではないでしょうか。

私もかつて、就労継続支援B型に通いながら「少し元気になったから」と、いきなりアルバイトに応募して大失敗した経験があります。当時は「うつ病」と診断されていたため、気分の高揚を「回復」だと勘違いしてしまったのです。

結果は、激しい鬱の波にのまれて通えなくなり、挫折。

「やっぱり自分はダメだ」と絶望しましたが、その後「うつ病ではなく双極性障害だった」という真実が判明したことで、すべての謎が解けました。

この記事では、誤診から始まった挫折体験から、どのように自分の病気を受け入れ、B型 ➔ A型 ➔ 障害者雇用と段階を踏んで再起したのか、そのリアルなプロセスをお話しします。

「うつ病」時代の罠:B型からアルバイトへ挑み、撃沈した話

「回復した!」という大きな勘違い(軽躁の罠)

当時、私はうつ病の診断のもと、リハビリとして就労継続支援B型に通っていました。B型で少しずつ活動できるようになり、ある日急に散財し始めたのです。

支払いのため、また「早く普通の生活に戻りたい」と焦っていた私は、その勢いのまま一般的なアルバイトに応募し、働き始めました。

襲ってきた激しい鬱と、「自分責め」の暗闇

アルバイトを始めてしばらくすると、鉛のように身体が重くなり、朝起き上がることすらできなくなってしまったのです。結局、まともに通い続けることができないまま、逃げるように退職することになりました。

  • 「B型で守られていただけだったんだ」
  • 「普通のアルバイトすら続けられないなんて、自分はなんて根性がないんだろう」

「回復した」という期待が大きかった分、落差は凄まじく、私は「また振り出しに戻った」という深い絶望の中に突き落とされました。

「双極性障害」の診断で解けた謎

「努力不足」ではなく「病気の特性」だった

落ち込みの底で主治医と改めてじっくり話をし、これまでの気分の波を振り返った結果、下された診断は「双極性障害」でした。

あの「回復した!」と思えていた時期は、うつが治ったのではなく「軽躁状態(気分が高揚している状態)」だったのです。

この診断がついた瞬間、ショックよりも先に大きな納得感がありました。

「自分が甘かったわけでも、根性がなかったわけでもない。軽躁の勢いで自分のキャパシティを超える計画を立ててしまい、その反動で強い鬱が来ていただけだったんだ」と、すべての辻褄が合いました。

復帰戦略の切り替え:「1段跳び」をやめて「クッション」を挟む

敵の正体が「双極性障害」だと分かったことで、私の社会復帰の戦略は大きく変わりました。

  • 「波をなくす」のではなく「波があっても倒れない仕組み」を作る
  • 調子が良い(軽躁)ときの感覚を自分の「基本スペック」にしない
  • 一般就労へいきなり戻るのではなく、福祉支援(A型)というクッションを挟む

一度アルバイトで失敗したからこそ、「B型と一般雇用の間には、思っている以上に高い壁がある」と痛感していました。

そこで私は、いきなり一般を目指すのではなく、雇用契約を結びつつ配慮を受けられる「就労継続支援A型」から再スタートを切ることを決意したのです。

B型で感じていた「これ、次に繋がるのかな…?」という焦り

B型に通っていた頃、私が主に行っていたのは「箱折り」などの単純な軽作業でした。

作業自体はリハビリとして意味があったのかもしれませんが、当時の私は常にモヤモヤしていました。

「この作業をずっと続けていて、本当に一般企業で働けるようになるんだろうか…?」

「自分のやりたいことやスキルに繋がっている感覚」が得られず、焦りが募ったことも、当時の私が無理をしてアルバイトに飛び出してしまった大きな原因の一つだったと思います。

自分に合わない作業を「リハビリだから」と無理に続けていると、自信がつくどころか焦りばかりが大きくなってしまうのだと痛感しました。

A型で出会った「パソコン作業」:好きなことでつかんだ手ごたえ

アルバイトでの挫折と双極性障害の診断を経て、再スタートの場として選んだのが「就労継続支援A型」でした。

ここで私は、運命的な転換期を迎えます。

A型事業所で任されたのは、パソコンを使った作業でした。

  • 「好きな作業」だから集中できる箱折りとは違い、パソコン作業は自分に合っていて「楽しい」「得意かもしれない」と思えるものでした。
  • 「次の仕事に活きる」という確信単なる作業ではなく、「データ入力や書類作成などの実務スキル」が身についている実感がありました。「これなら障害者雇用になっても武器になる!」と思えたことが、何よりの薬になりました。

「リハビリ」ではなく「将来に繋がるスキルを磨く場所」としてA型を活用できたことで、私の自己効力感はどんどん高まっていきました。

A型から「障害者雇用」へステップアップできた3つの理由

A型での経験を経て、無事に障害者雇用での内定を得ることができたとき、決め手になったと感じたのは以下の3点です。

  1. 「実務で使えるパソコンスキル」がアピールできたB型での軽作業だけでは書けなかった「業務実績」が、A型でのパソコン作業のおかげで履歴書にしっかり書けるようになりました。
  2. 通所実績で「勤怠の安定」を証明できたA型で無理のないペースを守りながら通い続けたことで、「波があっても安定して働ける」という客観的な実績ができました。
  3. 「調子の波」との付き合い方を説明できた「調子が良い時に走りすぎない」「パソコン作業で集中しすぎた時はしっかり休憩を入れる」など、自分の取扱説明書(配慮事項)を企業に具体的に伝えられるようになりました。

まとめ:自分に合った「環境」と「作業」を選べば、階段は登れる

無職から社会復帰を目指すとき、ただ「働く」ことだけを目指すとつまずいてしまいます。

  • 焦って1段飛びをしないこと(B型 ➔ アルバイトではなく、A型というクッションを挟む)
  • 自分に合った「作業(パソコンなど)」を選ぶこと(次に活きる実感が自信になる)

B型での箱折り作業で焦り、アルバイトで挫折し、うつ病から双極性障害へと診断が変わった私ですが、自分に合った「ステップ」と「作業」を選び直したことで、今は障害者雇用として社会復帰を果たすことができました。

もし今、「何から始めればいいか分からない」「今のリハビリが次に繋がっている気がしない」と悩んでいるなら、ぜひ「自分に合う作業ができるA型事業所を探してみる」という選択肢も考えてみてください。

あなたのペースで、あなたに合った階段を作っていけば大丈夫です。

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